2017年05月07日

新日本建設に関する詔書、実物を見学

5月7日(日)くもり 旧暦卯月十二日 正午の月齢10.6

本日は竹橋の国立公文書館初夏の展示、「誕生 日本国憲法」を参観。
日本国憲法の正本が展示されておりました。

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昭和天皇の御名御璽と国務大臣の副署が見開きになっているのが正本。
「朕は、」で始まる上諭が記載されている方は、レプリカです。

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上諭の最後から2行目、「にこれを公布せしめ」 が9字立てとなり、他の行に比べややスカスカとなっているところに、
(やばい!このままでは1行余ってしまう!)という、筆記者の心中の焦りが感じ取れますね。(笑)

さて今回展示の目玉は、何と言ってもこの昭和二十一年年頭の「新日本建設に関する詔書」(いわゆる「天皇の人間宣言」とされるもの)の実物展示でした。
写真3枚目、御名御璽が入ってるものが実物、あとはレプリカです。

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昭和天皇の直筆署名は、「谷」部分の右はらい、その優美ななだらかさが特徴的だなと、いつ見ても感じます。

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さて大変お恥ずかしながら、この詔書、全文を読むのは今日が初めてでした。
これは新日本建設に関する詔書であり、「天皇の人間宣言」を目的としたものではないと、理屈では知っていたつもりでも、つい「人間宣言」的な部分を末端肥大症的に読んでしまう、これまでの自分がおりました。
しかしながら全文を素直に読めば、これは天皇が国民と心を一つにして困難を乗り越え、新日本建設に邁進せんと説くものであり、
その手段として、「朕となんじら国民との紐帯は、相互の信頼と敬愛とによって結ばれ、単なる神話や伝説によって生じたものではない」と説いた。そのように読み取れます。

天皇は現人神などという、国民とは隔絶された存在では無いと説き、両者の距離感を縮めた上で、「なんじら国民と共にあり、常に利害を同じうし、喜びも悲しみも分かち合いたい」と表明したもの。つまり「人間宣言」はあくまで手段であって、それ自体が詔書の目的ではないというのが、この部分のストレートな理解の仕方なのではと感じました。

全文を読まず部分だけを読むことで、筆者の意図とは異質なものをそこから「読み取って」しまう。そのような過ちはよくあることとはいえ、改めて自戒せねばと痛感した次第です。

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なお詔書では割とよくある事象ですが、「朕は爾等国民【ト共に在リ、常に利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等国民】トノ間ノ紐帯ハ…」のように、【】内が後から差し込まれた形となっております。
このような差し込みを残したまま、改めて浄書せず詔書正本とすることに、はじめは大変驚いたものでした。

挿入の経緯は、今のところ存じません。でももし、これが昭和天皇の特旨によって為されたものだったとしたら、そこには特に、昭和天皇の思いが込められている事になりますね。さあ、事実は如何に?機会あらば是非、調べてみたいなと思います。

やはり歴史学は、原史料に接するのが第一。活字化された資料では、どの部分が後から挿入されたものかわかりませんものね。これからも怠ることなく、機会あれば原史料をこの眼で見ることに努めたいと、改めて思いました。

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なおこの詔勅が、外国人の読者を念頭に当初英文で起草され、後に国語に翻訳されたことも、今回初めて知りました。
その過程でイギリスの古典作品に取材した箇所もあるという点、これもまた実に興味深い事実ですね。

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そしてこれが、憲法公布の日に下された勅語。
文化国家を目指すとあります。
所得倍増を掲げ、経済成長に日本丸の進路を託す行き方は、
いま少し後の時代に生まれたものでありました。

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さて見学後のお楽しみ。
新緑の季節ともなれば、無性に食いたくなるのが、
この緑色がかった藪蕎麦。
何だ神田言うて、やっぱ蕎麦はここのが一番だぜ!!

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posted by 弘松勘八(ひろまつかんぱち) at 22:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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