2018年05月03日

理想と現実は車の両輪(その2)

5月3日(木)晴れ 旧暦弥生十八日 正午の月齢17.0

「憲法9条が日本を危険にさらしてる!? 護憲のジレンマを超える方法」
  (前編 伊勢崎 賢治・ 松竹 伸幸  講談社『現代ビジネス』)

(本文より引用)「どれだけ憲法が交戦権を否定しているといっても、実際に攻められたら交戦状態に入るわけです。そして、交戦国はその際、開戦法規(国連憲章51条)と交戦法規(国際人道法)というルールに従わなければならない。…それで、日本には「法の空白」があって、実はその義務を果たせていない。この法整備は世界各国に課せられた義務で、憲法がどうであれ逃れられない。」(松竹 伸幸さん)


「憲法の字句は変えない」と主張する人でも、物事のわかる人なら、ここまで正しく認識しています。ただこの松竹さんは、憲法の字句を改めずとも、上記の法整備は進めることが出来るとのお立場です。
しかしながら、「戦力の不保持」と憲法の文面でうたいながら、実際には世界有数の軍事費を投じて、武器を買い集めてる。その矛盾から、目をそむけることは出来ません。

ある種の人々にとっては、憲法9条は宗教なので、どんなに条理を尽くして説いても、その気持ちを変えることは難しいでしょう。
しかし僕にとって、憲法や法律は用いるべき道具類なので、錆びたら磨き直さねばならないと考えます。避戦・平和をよりよく実現出来るのが、即ち良い道具類です。

日本国民は恒久平和を念願し、国権の発動たる戦争の放棄と戦力の不保持を目指す。そのための国際環境が整うまで、当面の間、急迫不正の侵略に対処する必要最低限の自衛力を保持する。
そんな憲法でいいんじゃないでしょうか?

理想そのものを放棄する必要はありません。当面の間、と明記することで、ただ今の現実との整合性を確保すれば良いと、それだけの事のように思います。

IMG_4340-2.JPG

なおこの写真は昭和21年11月3日、日本国憲法公布の日に、貴族院本会議場で催された式典で下された昭和天皇の勅語です。
長きにわたる戦争と統制の時代に倦み疲れたなかから生まれた新憲法制定の空気感を、よく伝えていると思います。

憲法の字句が多少変わっても、この清新な感覚を見失うことなく、受け継いで行きたいと思います。


posted by 弘松勘八(ひろまつかんぱち) at 15:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

理想と現実は車の両輪

5月3日(木)晴れ 旧暦弥生十八日 正午の月齢17.0

在韓米軍も在日米軍も、いずれは全軍、きれいに撤退して欲しいと私は考える。
しかし日本に関して言えば、在日米軍が在るために、独自の防衛政策、ひいては独自の外交を考えなくても、何とかなってしまっている側面は、間違いなくある。
「9条平和主義を唱えていられるのも、在日米軍あってこそ」。これはネトウヨ的妄言のように聞こえるかも知れないが、違う。冷徹なる現実だ。
在日米軍なしに、強大な軍事力をもつ近隣諸国と隣接。それでも日本は軽武装の専守防衛に徹すべく、それを実現するための強靱な政治力・外交交渉力を涵養する。これが当面の母国日本に希求したい理想像だ。

憲法9条の理想を文字通りに実現するためには、世界史は、更に一歩先のステップを踏み昇らなくてはならない。現在の世界は戦国時代。各国が無制限主権を持ち、それぞれに独自軍事権を持っている。これを改め、国家主権と軍事権を分離。国連を信頼に足る国際機関へと発展転化させ、世界がこれに一律、軍事権を預ける体制が実現するとき、日本もまた世界各国と共に、憲法9条の字句通りの理想を実現できるのだ。
その理想は、一足飛びにはやって来ない。今現に国連が行っている平和維持活動の問題点を順次解決しつつ、一歩一歩先に進んで行く他はない。
こうして世界史が、天下一統という新たな発展段階を迎えるまでの間、私たちは今の戦国乱世という現実を、生き延びねばならぬ。

私が当面憲法9条を改正し、急迫不正の侵略に対する防衛という事態が現実に起こりうることを認め、これに対処するための法制を整備し、かつ濫用を防ぐための歯止め措置を講ずべきと主張するのは、上記のような理由によるものです。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/30474.html

韓国の金大中元大統領が、在韓米軍の役割に関して「今は対北朝鮮抑制力として存在するが、北朝鮮の核問題が解決され、朝米の国交が正常化すると、北東アジアの軍備競争におけるバランサーの役割を果たすだろう」と述べたというのも、文在寅現大統領がこの立場を踏襲しているのも、戦国乱世のバランス・オブ・パワーという現実を見据え、平穏に今を生き抜くという、現実感覚に立脚してのものなのだろう。

翻ってわが日本。もし在日米軍という重しが取れるようなことがある場合、年々増強する中国軍に怯え、財政の疲弊をも顧みず軍拡に狂奔するような最悪の事態になりはしないかと、悩みは尽きぬところだ。


posted by 弘松勘八(ひろまつかんぱち) at 11:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

立憲的改憲論

5月3日(木)晴れ 旧暦弥生十八日 正午の月齢17.0

https://toyokeizai.net/articles/-/216711

倉持麟太郎氏というと、山尾志桜里議員との週刊誌ネタの相手くらいにしか認識していない方々がいるのは、残念なことだ。
この記事に引用中の倉持氏の所論を読めば、立憲的改憲論(注)を唱える山尾議員の政策顧問として、彼が不可欠の人材であることが理解できるはず。

日本国憲法は、日本軍隊の存在を認めていない。
その結果憲法は、例えば警察権濫用への歯止め規定はもつが、自衛権のなし崩し的拡大を抑制する事が出来ない。
ときの政府が、集団的自衛権の行使を明記した安保法制の成立をごり押ししたとき、これを抑制する法的規制力を発揮することは出来なかったのである。

自衛隊はいわば、戦前の元老や陸軍参謀本部・海軍軍令部のような、憲法外機関になっていると言える。
そこで自衛隊を憲法の規定内に取り込み、キッチリ歯止め規定を設ける。集団的安保の名のもと、無定見な海外派兵などが行えないように。これが立憲的改憲論の趣旨だ。

思えば戦後数十年もの間、日本は戦力不保持の平和国家と唱えるその一方で、世界有数の軍事費を投じた実力部隊を維持するという、二枚舌を使い分け続けて来た。そしてしかも、その「暴力装置」をしっかりコントロールするための法体系を整備して来たとは言いがたい状態だ。

今般、伊勢崎賢治教授・山尾志桜里議員・倉持麟太郎氏らの登場で、ようやく筋の通った真っ当な憲法論が展開されるだろうと、期待している。
まずは「安倍改憲論」のようなまやかしを排除した上で。
できれば朝鮮半島平和が前向きに進展することにより、冷静で落ち着いた言論空間のなかで、ネトウヨ的狂熱とは一線を画した建設的な議論が展開することを期待している。

注)山尾議員の立憲的改憲論http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071000146/112100013/?P=5


posted by 弘松勘八(ひろまつかんぱち) at 10:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

南北朝鮮和平へと急ピッチ

5月1日(火)晴れ 旧暦弥生十六日 正午の月齢15.0

韓国と北朝鮮の一体化が実現すれば、
韓国・朝鮮から中国東北部へ、またロシアへと、太い物流のパイプが生まれる。
敗戦により焼け野原となった日本に、その後新規設備投資のブームが生まれ、奇跡の高度成長に繋がって行ったように、
これまで低開発地域として取り残されて来た朝鮮北部と、隣接する中国東北部とを中心に、極東ロシア地域をも巻き込んで、大規模な経済発展の渦が巻き起こって行くかも知れない。

http://japan.hani.co.kr/arti/economy/30451.html

トランプさんはもともと実業家だ。彼が南北和平に諸手を挙げて賛成する真意は、案外その方面の嗅覚が働いてのことなのかも知れない。
そして習近平さんもプーチンさんも。
もしこの予測が当たるとしたら、南北朝鮮敵視のネトウヨ政権率いるわが日本は、チャンスに大きく遅れを取ることになりかねない。

http://www.afpbb.com/articles/-/3173102

このところ毎日のように、南北両首脳の笑顔がネットに躍る。
笑顔は人を呼び込み、人の輪を広げる。国家の首脳同志がいさかいを止めて笑顔で交われば、国と国との経済交流の可能性が開ける。そして共に豊かになってゆく。
まさに「笑う門には福来たる」だ。
辛気くさい顔で「圧力!圧力!」と連発する安倍さんには、そこんどこよ〜く考えてみて欲しいものだ。

このまま日本の貧乏神と成り果てるおつもりか。

posted by 弘松勘八(ひろまつかんぱち) at 21:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月28日

南北会談に中国報道官が寄する漢詩

4月28日(土) 旧暦弥生十三日 正午の月齢12.0

4月27日晴天の日、歴史的な南北会談の挙行に際し、中国外務省の報道官が魯迅の漢詩の一節を引き、両首脳を讃えたとのこと。この話を知り、中国が今でも文人政治の伝統を引き継いでいることに、深い感銘を受けました。

引用した魯迅の詩「三義塔に題す」の一節:
【劫波(こうは)を渡り尽くせば兄弟あり 相逢うて一笑、恩仇は泯(ほろ)ぶ】
(苦難を乗り越えれば我々は兄弟である、相逢うて一笑すれば憎しみは消える)

そしてさらに、魯迅がこの詩を作って日本人西村真琴に贈ったいきさつを読み、感動のあまりちょっぴり泣けました。さすがは「藤野先生」の筆者です。

東アジア近代にはこのようなうるわしい交隣の歴史があったことを、
心に銘記しておきたいものです。我らアジア同胞のよりよい未来のために。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180427-00000044-jij_afp-int

http://tyo-cfa.or.jp/story.html

http://d.hatena.ne.jp/tetuo0208/touch/20160317/1458181025


posted by 弘松勘八(ひろまつかんぱち) at 14:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする